ライフプランって・・・

くライフプランを立てなさいとか、

キャリアプランをしっかり構築していきましょう!

この時代は何となく生きていると危ないですよ。

 

 

 

なんて言葉をよく耳にする。

 

 

 

 

というか僕はそういうビジネス系のコミュニティで

それらを散々刷り込まれた。

 

そこのコミュニティにいる人たちは

 

1年後はこう、5年後はこう、10年後は、20年後は・・・・

 

というように自分の人生設計に熱心になっていた。

 

f:id:takAndre213:20170727160142j:plain

 

僕もそのように頑張って理想の自分を書き出して立てていたのだが、

どうもしっくりこない。

 

 

 

 

煮詰まっていたところ、

最近ブッダの教えから、

 

諸行無常

 

という言葉を学んだ。

 

これは仏教用語で、

 

この世の現実は全てすがたも本質も常に流動変化するものであり、

一瞬といえども存在は同一性を保持することができない

 

ということをいう。

 

 

 

 

 

そう。

全ては永遠に続かない。

この身も、所有物も、家族だって、友だって、

己の思考や観念だって全て移り変わっていく。

 

 

 

 

それなら今掲げる何十年後の理想の自分像だって

移り変わるに決まっている。

 

 

それなのに今から自分の人生をコントロールしようとして、

 

あれこれプランを練ることで、

移り変わった時にその過去のプランに縛られながら

生きるのは本末転倒じゃないか?

 

 

 

もちろん大まかなプランを立てて、

自らがこの人生で歩む方向を

定めていくことはしていかなければならない。

 

 

 

しかし、そのライフプランに執着し、

今という現実の魂をすり減らす行為は非常に見てて辛い。

 

 

今、本当に取り組みたい事に

淡々と挑むことで必ず道は開ける。

 

 

ライフプランをしっかりと綿密に立てて、

堅実に生きる人生もいいけれど、

 

世の中そんなトントンいくものではない。

 

 

 

まあ、なんだかんだ人生紆余曲折して辿り着く場所は、

もうすでに神の意志で決められてはいるのだが・・・笑

流れるように生きる。

老子の教えの中に

 

無為自然

 

という言葉がある。

 

これは

 

人の手を加えないで、

何もせずあるがままにまかせて生きる

 

という意味。

 

 

 

 

人間は唯一、脳を使って思考し、

あれこれ考えて生きるから、

 

物事がうまくいかないことに

悩み、執着し、苦しむ。

 

 

 

 

他の動物や植物を見てごらん。

 

ただ、僕たち人間のように損得勘定で動いたり、

物事にプラスマイナスの解釈をつけて、

過度に喜びもせず、

苦しみを引きずることもない。

 

 

腹が減れば、それを満たすために狩りに出て、

眠くなれば眠る。

子孫を残そうとセックスをする。

 

 

 

彼らは

 

ただ、存在する。

 

そこに、在る。

 

 

人間は

〇〇をしておいた方が後々役に立つんじゃないかな?

今は我慢しなきゃ・・・

こういう人間にならなければならない!

 

 

なんていう思考から、観念を作り上げ、

 

それに見合わない現実と

自分の本能とのギャップに苦しむ。

 

 

 

別にいいんですよ。

好きに生きて。

 

 

 

人間くらいじゃないのかなこんなに悩んでいるのは。

 

 

 

動物たちからしたら、

人間たちは何をそんな考えてるのかいな・・・・

と思っているんじゃないかな。笑

 

 

 

でもこの思考があったからこそ、

ここまで人間は進化・成長・そして発展できた。

これには感謝してもしきれない。

 

 

 

でもね。

 

 

 

あれこれ考えてばかりで、

 

魂をすり減らした生き方

 

はもう止めません?

 

 

 

 

TO DOリストなんていらない。

 

 

そんなもの

 

 

TO WANTリストに作りかえてしまおう。

 

 

 

もっとあるがままに、地球のリズムに乗って、

 

自然の流れと調和していきよう。

 

 

もっと直観にしたがってください。

 

そういう生き方をしても実は大丈夫なんですよ。

 

知らなかったでしょ?

 

f:id:takAndre213:20170727153549j:plain

断捨離は心の整理術

こ1~2年をかけて身の回りの物を

はたから見たらドン引きされるほど手放した

 

いや、家族にはややドン引きされている(笑)

 

 

ロードバイク、バイク、スケボー、ガラクタ、ゲーム、服、本、マンガ、バック、卒業アルバム、年賀状、思い出の品、手紙、贈り物などなど

 

 

 

もともと禅語の「本来無一物」という言葉に出会ったときに、

すごく魅力を感じたことと、

完全に断捨離ブームに乗ってミニマリストを気取ったことがきっかけだった。

 

f:id:takAndre213:20170723194229j:plain ←この本にも影響されて・・・

 

 

本来無一物・・・・物事はすべて本来空(くう)であるから、執着すべきものは何一つないということ。

 

 

そう、生まれたときは裸。何も持っていない。

 

そして死ぬときも、あの世へは何も物を持って帰れない。

 

 

実際に最初の方は

 

「いつか使うからこれはとっておこう」

「もったいない」

 

というような感情が自分の心のうちに湧きあがり、

なかなか手放せない物も多かったけれど、

 

 

 

いざ捨ててみると、

結局自分には必要でなかったことに気づいた。

 

 

 

 

 

物を手放すと心が軽くなる。

 

 

これは物と心は密接に繋がっているからである。

 

 

 

もう少し詳しく説明すると、

 

 

 

物にはその当時の記憶がしみ込んでいるということ。

 

 

 

よく、大掃除をしていて

思い出の品を久々に見つけ、

その当時の記憶や情景、感情が浮かび上がったことないだろうか?

 

 

 

卒業アルバムなんてものは典型で、

それを見返すことで、

その当時の自分を鮮明に振り返ることができる。

 

 

 

楽しかった思い出、辛い記憶。全てである。

 

 

 

僕は過去を振り返ると

自己嫌悪するような記憶が割と多かったので、

卒業アルバムには決着をつけた。

 

 

 

過去の自分を手放したといってもいい。

 

 

 

 

そう。

物を捨てるということは、

過去の自分を捨て去るということにも繋がるのだ。

 

 

 

いやそれが断捨離で

自分の心が軽くなるということの本質なのではないか?

 

 

とにかく断捨離は執着を捨て、

自分の中の心の汚濁を浄化する効果も少なからずあると実感している。

 

 

 

タイミングはいつでもいい。

 

行き詰ったりしたときに自分の身の回りの「物」と

改めて向き合ってみることは非常におすすめである。

 

 

 

手放せないということは、

その手放せない自分に執着していること。

 

 

さあまずは部屋の中のホコリを被ったモノから始めよう!

 

f:id:takAndre213:20170723195149j:plain

趣味・特技?別に無いです

接、自己紹介、プロフィールで

しばしば問われる趣味・特技

 

 

そこで自分を過大評価してもらうために

良さげなワードを並べて自分を偽る。

 

こんなことを自分はしていた。

 

 

 

こういう趣味を持っている自分が誇らしい。

 

とか

 

こんな特技ができる、

才能に秀でているのが自分である。

 

のように

 

 

その趣味・特技を自分自身と同一化する。

 

f:id:takAndre213:20170718134810j:plain

 

それは結局自分を縛っていくことになると思う。

 

 

 

今はよく個の時代が来るから、

ワンアンドオンリーの存在を目指せ、

個性を磨いて、何かで突き抜けなければ勝ち残れない。

 

という言葉をよく聞く。

 

 

でもその言葉に煽られて、

焦って自分探しをするから、

 

 

自分を偽って、

良さげな趣味や特技を自分に当てつけようとする。

 

 

でも結局そんなことしても後でボロが出るだけ

 

 

 

 

それなら趣味・特技なんて

一つの情報でしかないものに縛られないで

 

 

自分の好きな事・やりたいことを

ありのまましていくことで

 

自分の心から、魂から好きになれること

を見つけた方がいい。

 

 

そうすれば必ず個性というのは自ずと現れてくる。

 

そして好きな事であれば、

自然と自分でその才能を磨こうとするもの。

 

 

焦って、自分を偽って生きることが一番の遠回りっすよ!

 

f:id:takAndre213:20170718134645j:plain

 

はい。今好きな事をしてください。

損得勘定を求めない

をするにもこれは儲かるのか、

ビジネスの力が付くのか

などと常に考えながら人生の選択をしていた時期があった。

 

 

お金稼ぎを否定したいわけではないけれど、

東京に住んでいると、

 

「稼ぐ」「経済的自由・時間的自由」「成功」

 

なんて言葉を嫌というほど目にする。

 

f:id:takAndre213:20170714134421j:plain

 

 

 

 

僕は正直そんな言葉には飽き飽きしてしまった。。

 

 

だって

成功といっても人それぞれ価値観が違うわけであって、

価値観が違えば幸福感も異なるんだから。

 

 

にもかかわらず、

世間はいわゆる「成功のモデル」を

あらゆるメディアや教育を駆使して庶民に刷り込む。

 

 

 

そして刷り込まれた人間は今の現状と

その万人に当てはまるわけでもない

「成功のモデル」とのギャップに劣等感を感じる。

 

 

 

なんだか悲しいな。

 

 

 

人生=利益

人生のゴール=お金持ちになる

 

 

 

こんな生き方は人間じゃないと思う。

 

ただの資本主義の奴隷思考ではないか?

 

 

 

 

そもそも

 

「~すべきこと」 「こうあるべき姿」

 

 

本来こんなものは存在しない。

 

 

だから

 

もっと自分の心に従って生きて、

自分なりの幸福を追求する。

 

 

僕はこの人生でこういう生き方を

実践してみようと思う。

 

 

これを決断した時、一般的に言われる

「社会のレール」から外れた瞬間であった。

 

 

ある意味で人生をかけた人体実験。。

 

さあ人生の最後に笑うのはどちらなのだろうか?笑

 

楽しみですな!

SNSは僕にとってエゴの塊であった

はある日をきっかけに

あらゆるSNSのアカウントを削除した。

f:id:takAndre213:20170713233416j:plain

 

なぜなら今までを振り返って自分の投稿は

 

「〇〇をしている自分の行動、思想を

 自慢したい・羨ましがられたい」

 

などの下心を持ちながら

投稿していた自分に気が付いてしまったからだ。

 

 

いいね!の数やコメントに対して浮き沈みをしたり、

心を乱されるのはもう馬鹿馬鹿しい。

 

 

SNS上でつながる人が増えれば増えるほど、

「自分は見られている」という自意識が膨れ上がり、

自分本来の気持ちが表せなくなってしまった。

 

 

また、他人の投稿を見ることで自分と比較し、

不快な想いを抱くのもエネルギーの無駄だと思った。

 

 

しかしいざアカウントを削除する時には、

繋がりがなくなってしまうことに対する

執着心が出てきた。

(特にフェイスブックは)

 

 

 

でもネット上がすべてではない。

 

今後会うべく人は自然と引き寄せられるだろうし、

 

本当に会いたい人は何とかして連絡手段を考え付くと思う。

 

とりあえずこのSNSを手放したことに後悔はない。

 

自分を大きく見せる必要もないし、

 

他人と比較する必要もない。

 

 

これに気が付けたときとても心が楽になった。

 

はじめまして。

こんにちは。始めまして。

最近自分の日々の気付きを、自分の中で完結させるより、

これを見てくださっている

「誰か」にもこれを共有して

少しでも気付きを与えることが出来ればと思い、このブログを開設しました。

 

少しずつですが、自分の日々の経験や考えをこの場をお借りして発信していきます。

 

気楽にご覧ください(^o^)丿

 

ではでは。